幾つになっても惑ってばかり

日々思ったこと、本や映画の感想やアニメなど趣味の話を脈絡なく綴っています

安全に狂う方法

みりん

まだまだFreenBeckyを語ろうと思えば
語れるんですが、今回はこちらをご紹介。





FreenBeckyからの振り幅えぐない?



怖いわ。
まあでも人とは多面体の生き物である、
ということを体現しているとも言えます。
さて、本の内容はこんな感じです。



その人を殺すか自殺するしかない
そこまで追い詰められた私に
女性セラピストはこう言った。
「あなたには安全に狂う必要があります」
生きづらさの底には「依存症」
「感情に執着してしまう」
=「思考の固着」がある。
その苦しみから出口を求めて

自分を救う方法を見つける旅



にしてもこの著者の文章、
私にはえらく読みづらかった。
最初、翻訳本なのかなと思ったくらい。


私が納得したのはこの部分。
著者が自分を救うため「瞑想」に
トライしてみます。
瞑想10日間キャンプに参加しますが
結局途中で放棄してしまいます。



狂いそうな自分が、狂った思考と二人きり。
これは怖い体験になる。



私も瞑想やマインドフルネスがいい、
と聞いてやってみたんですが、
どうしてもうまくいかない。
落ち着かない。無理。
っていつも断念していました。


著者によれば、瞑想が悪いわけではなく
技法があっていなかったということ。
著者や私のようなタイプは、
身体を使う瞑想のほうが良いみたいです。


では、身体を使う瞑想とは何か?


それは意識的に狂ってみるということ。
腹の底にためこんだことを全部吐き出す。
泣く、喚く、叫ぶ、大笑い、地団太を踏む、
意識的に狂うことは浄化の行為である。



心は心だけでできていない。
心の多くの部分は身体である。



なるほど、納得です。
安心させようと言葉でいくら説得しようとしても
そう簡単には身体が納得してくれません。
ぐるぐる思考の渦に囚われて行き詰ってしまう。


著者は仲間たちとパフォーマンス・アートを
することによって救われていきます。
パフォーマンスアートとは、
要はアングラで前衛的な劇みたいです。


しかし個人がやるには
パフォーマンス・アートは敷居が高すぎます。



人はみんな創造的になりたいのだが、
創造性を抑えるようになった理由の多くは、
成長のどこかで笑われたりけなされたりして、
恐れるようになったからだ。



これも確かに。
幼い頃は無邪気に描いたり表現していたことが
成長するに従って周囲の反応が気になって
素直に表現できなくなってしまう。


人は普段押し込められた
「個」「自我」から解放されて
大いなるものへ溶け込みたいと思ってる。
それは「祭り」に参加することによって
叶えられていたようです。
確かに熱狂的にみんなでひとつのことを
興じるって快感ですもんね。


でもパフォーマンスアートや
祭りに参加するのは難しいので
個人的に固着した想いを昇華するには
誰もいないときにひとり部屋で
その苦しみを表現する=踊り狂う
これ一択かなと。
己の魂を鎮める鎮魂祭です。
傍から見たらアホみたいですが
そんなの関係ねー!誰も見てないしね。
それにやっぱり表現するのは大事ですよ。


あと興味深いのは
頭と心は苦しみより退屈しないこと選ぶ
そうです。
救われたいと思っているのに
問題や苦しみを考えることによって
退屈から逃れむしろその状態に耽溺してしまう。


怖い!


確かに私生活や仕事が安定してくると、
退屈になって周囲でも小さな不平不満が
生まれてきますもんね。
職場で他人の悪口や不満が出てくると
みんな平和だから退屈してるんだなー
て思いますもん。
だからその悪口や不満に乗らないことが
肝要だと思います。


なんて、いろいろ難しいことを
考えましたがここで一服。
気分転換にこちらをどうぞ。


みなさん大好評!お待ちかね!の
FreenBeckyのコーナーです!
ええ、幻聴が聞こえるうえに
コーナー化は今回が初です。
隙あらば入れていくスタイルです。


フリーンの顔!こんなに心配性だとは!
もう、やりとりが可愛いすぎ。
可愛いの押し売りです。




【日本語】Beckyに服装指導するFreen😂わざとヤキモチ妬かせたいんだね🤣


(このコーナーは私の情熱が落ち着くかネタが無くなるまで続く予定です)