「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来
タイトル長っ!!しかもほぼ漢字だ。
7月から公開されている映画ですが
そろそろ空いたかなと思ってようやく観てきました。
とにかく映像美がすごい!!!
特に戦いのシーンの迫力が圧巻で
圧倒されてしまいました。
人間あまりにも圧倒されると
笑うことしか出来なくなります。
すげー。
作品は2時間35分。長尺です。
もちろん事前によもぎ大福を食べていざ参戦。
おかげさまで尿意に心煩わされることなく
無事に観賞することが出来ました。
物語は主に3つの話で構成されています。
1つ目は、蟲柱 胡蝶しのぶ vs 上弦の弐の鬼・童磨(どうま)
2つ目は、我妻善逸 vs 兄弟子の獪岳(かいがく)
3つ目は、炭治郎&水柱 冨岡義勇 vs 上弦の参の鬼・猗窩座(あかざ)
ふりがなを振らないと初見では読めない。
話は逸れますが、思うにクリエイティブな人間は
みんな心に中二病を持っているのではないかなと。
そうじゃないと例えば「水の呼吸」とか
「猗窩座」とかこんな小難しい単語出てきませんよ。
そう考えると中二病も悪いものじゃありませんね。
あと鬼滅の刃ってとても道徳的だと思うんです。
「強い者が弱い者を守り、そして強くなって
今度は弱い者を守る」
「人のためにすることは結局巡り巡って
自分のためになる」
「人は心が原動力だから心はどこまでも強くなれる」
とかね。
炭治郎たちの決してあきらめない心とか
頑張りすぎた我々大人には息苦しくなるけど
この作品の本来の対象者は子どもたちだから
こういう基本的な道徳の心は大切だと思う。
私は原作漫画を一応全部読んだので
だいたいの話の流れは知っています。
それでも、しのぶさんのシーンはつらいー。
あとはやっぱり猗窩座。
心の純粋さが利用される切なさ。
最後、猗窩座は改心して死んでいきます。
SNSで面白かったのが
キリスト教信者の海外の方たちは
改心=信仰となるので天国に逝けるのに、
猗窩座は地獄へ行くのは何故だ?
と疑問に思ってるということ。
面白い。そんな風に思うんだ!
私としては「それはそれ、これはこれ」で
「やっぱり人間悪いことをしたら
ちゃんと罪は償わないと」と思う派。
そう思う日本人は多いんじゃないかな。
これはひょっとして輪廻転生が根付いてる日本人と
輪廻転生の概念がないキリスト教の違いかも?
罪を償ってから生まれ直せよ、みたいな。
まあ猗窩座は人間じゃなくて鬼ですけどね。
最後に。
本当に作画が素晴らしく話も良かったんですが、
回想シーンが頻繁に入ってくるので
そのたびに流れが中断されてしまうこと。
多分原作通りに映像化しているので
仕方ないとはいえ、映画にして1本で見せるなら
回想シーンはある程度まとめるなどしてたら
もっと没入感がすごかったんじゃないかと思う。
でも難点はそれぐらいの完成度でした。